テーマパークの虜達 【終章】
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ハイウェイを走る車。前回の休暇を取得した時に買った。
今やＥＶが所有率の90パーセントを占め、ハイブリッドカーの購買台数が、もう殆ど
目にすることのなくなったガソリン車の後を追いつつ減少している。すっかり丸く角のな
い車体が大勢を占めたが、最近、20世紀のガソリン車風の車体がレトロデザインとして復
活し始めた。アリエスのこのミニバンも、厳ついアメ車風だった。しかも、どぎついメタ
リック。何か、あのゲームに参加してから、選ぶ色が変わってしまった。本当の自分の趣
味を押し殺すようだ。
初めは、原色のスポーティーなタイプを買おうとしたのだが、実際には、多人数で乗れ
そうな実用的なものになってしまった。プレイヤーを引退した後、チームの皆とキャンプ
にでも行ければ良いなと思ったからだ。
キャンパスに戻るまでは、免許は持ってるが車を持っていないマサトにこの車をプレゼ
ントして、自分はもう一台買おうなどと大きな気持ちでいた。しかし、実際に日常生活に
戻ってみると、やっぱり勿体なく感じる現金な自分に直面する。セックスパートナーであ
り、ゲームの相棒であるが、本当に恋人と言えるのだろうか？と、ふと思う。確かに体の
相性は良く合う。抱きつくと自分の体が相手に張り付くようなのだ。もともとこのイベン
トに参加するに当たって意気投合したのが、関係の始まりで、彼の過去のこともそれほど
深くは知らない。それ以前は、昨夜、成り行きと勢いでその体を重ね合わせてしまった同
級生と微妙でじれったい心の駆け引きがあったのも事実なのだ。
およそ、「じれったい」と言うこと程、若い男女の恋愛においてマイナス要因をもたら
すものはない。自分が二股を掛けているような後ろめたい気持ちに陥っている原因として、
そんな言い訳が頭を過った。
休暇待ちの一日、テーマパークを出る前の日は、ほとんどマサトと過ごし、他のメンバ
ーとは、ろくに顔を会わせなかった。作戦も任せっきりで出て来た。自分の身代りになっ
てくれたあの男の事を考えると胸が痛い。捕虜返還交渉を努力するようには、マサトとト
ムに頼んでおいた。でも、パメラ達のことだから、自分の為にナイトを気取ってくれたあ
の彼にどんな悪戯をしてるか、解ったものじゃない。きっと激しく慰み者にされてる筈だ。
もっともパメラが、アリエスを捕囚するのを諦めたのには確たる理由がある。アリエスが
翌々日には、休暇をとる権利を有しているのを知ったからだ。1日程度では、彼女を籠絡
し、手懐けるのは無理だと判断したのだ。なんども挫けそうになったが、なるべく勝気に
振舞ったのも功を奏したようだ。でもそれが、視聴者達を激しく喜ばせ、パメラの財布を
潤わせる事になったのもまた事実。が、安い女に見られるのは嫌だったから、あれは自分
の出来る最善の努力だとも思った。
それにしてもクラスメートの部屋で、流出した動画類を見た時は、愕然となった。一瞬、
これまでの人生は終了したと言うくらいの激しい喪失感も覚えた。今となっては、引退後
に保障されるテーマパークの法律部門のサービスに期待するしかない。プレイヤー引退者
に対するストーカーや個人を狙った中傷・名誉棄損などの人権侵害に最大限無償での支援
をしてくれる部署だ。これがあるからこそ、このゲームに幅広く一般の若者が参加してく
る。ある意味、このビジネスを支える基盤の一つとも言えた。
まさか、今度はマサトがパメラの手に落ちるとは……出がけに、クラスメートからのメ
ールを見て知った。さっきからそのことはなるべく考えない様に努力しているのだが、ど
うしても頭の中に凄くエッチなシチュエーションが思い浮かぶ。ストーリーでなく、フラ
ッシュバックで垣間見る映画のワンシーンの様に。パメラが自分の性器を弄んだあの指で、
今度は自分の恋人の理性を狂わせるようなことをしているかと思うと、居てもたっても居
られない。自然にアクセルを吹かしそうになる。しかも、レナも同じ惑星に居るらしいの
だ。
控え目そうな感じで、ベノン要塞のあの忌まわしい一室の外で控え目にマサトを待って
いたレナを思い出した。少し混乱していたアリエスは、「何！この女は？なんで隊員以外
の女がいるの！」と一瞬憤りを感じたのを思い出す。パメラの指が、恋人のペニスを弄び、
拘束された全裸のレナの前で扱く場面が頭に浮かんだ。
「ぱぁっぱっーーーん」とクラクションがなった。知らない間に追い越し車線を跨いで、
走っていたのだ。
トラックのドライバーに会釈して、やり過ごすアリエス。
「ふぅーっ」とため息を吐く。
「あいつー、まさか、浮気しないよね」自分の事を棚に上げて、勝手な心配をする。
後8キロのキロポストが見えた。
急に気遅れを感じる。あんな恥ずかしい目に遭って、あの人間関係に戻った時、一体、
皆に対してどんな雰囲気で接すれば良いのだろうか。クラスメートが見たような映像を仲
間達が見ていたら恥ずかしいし、恐ろしい、そしてぞっとする気分だ。もし、レナ達が同
じような目にあっているとしたら……そう思うと、アリエスの心に、妖しい仲間意識が頭
を擡げて来た。
チカッ！チカッ！と何かが光った。今度は後ろの車にパッシングされた。知らない間に、
急減速してたらしい。「うるさいな。もおーっ！」思わず悪態を呟いてしまうアリエス。
でも、真面目な自分が急に己の身勝手さを恥ずかしく感じさせ、そして自ずからに反省を
促す。運転に集中しようとするアリエス。
どっちにしても、私は行かなければならない。リタイヤしたら、この車のローンだって、
払えない。あと10台だって車を買えそうな高額収入を棒に振る気もさらさらなかった。
第一、 恋人を見捨てられないし、仲間を裏切る気もない。一度、裸にされた事が、アリ
エスの決意をより確かにしたのかも知れない。
陽光に生えるテーマパークのタワーが見えて来た。それを、取り巻く比較的階数の低い
ビルや施設群の多くがきらきらと輝いている。施設の大半が太陽電池機能を備えた壁面を
持っている為だ。それをメインとして、波力、風力などのクリーンエネルギーで、使用電
力のかなりのパーセンテージを賄っているんだと、マサトがウンチクを垂れていた。
そして思い出す、彼が、チームの作戦会議の時、敵の戦力の事を何割とか何パーセント
とかで言うので、アリエスが「で、何が何隻？」っていつも聞き返すお定まりのやりとり
を……
彼の面影を思うと、同時に今一緒に居るであろうパメラ達のことが思い出された。そし
て、女王達の指の感触を回想する。私は、一体何を期待しているのだろう。確かにあれは、
恋人とのセックスでは味わえない心地だった。あれだけ、多くの手で、体を弄られること
など、日常ではあり得ない。もう一度確かめて見たい気もした。そう思うと、顔が火照っ
て来る。「もし今度、敗れたら、成り行きに身を任せて見る？」もう一人の悪戯な自分が
そう囁いた。「勝って仲間を助け出すのが優先。それに、仮にもう一度、前のような状況
に持ち込まれたとしても、憎たらしいパメラの顔を見れば絶対にそうならない筈……」自
分を言い聞かせるようにそう考えるアリエスの理性を裏切る様に、股間が疼いた。体の奥
で、潤と湿り気を帯びる感じがする。
ハイウェイを降りる頃には、自分で自分が興奮を隠せないでいることを知った。初めて
ここを訪れた時に感じたワクワクする興奮ではなく、妖しく湿ったゾクゾクする興奮だっ
た。
パークのゲートへと近づくミニバン。アリエスを非日常的な生活へ誘わんとするかのよ
うに、地下駐車場の入り口が視界に広がった。だが、一旦入れば、その時からこのテーマ
パークが彼女の日常となる。外の世界こそ非日常なのだ。心の中で、クラスメートの比重
が下がり、恋人との早期の再会、そしてパメラ達との再会さえ望む自分に気付き始めた。
この施設は、日常社会を侵食しすぎたネット社会への反動として生まれて来た側面があ
る。
多くの事が、個人空間で完結してしまい、果てしなく内向きに社会そのものがひきこも
り始めた21世紀の初頭。
インターネット社会が形成する経済とリンクしながらも、生身の人間が集まるテストケ
ースとして提案された劇場型テーマパークなのである。
人動かざる処に経済は成さず。
人働かざる所に楽しみは無し。
第一部 完
そして数日後