全面鏡に正対して、同じように並ぶ二人。
和奈は、レナと自分のサンプリングスーツをシンクロモードに設定し、彼女と同じポーズを採った。両足を軽く開き、両手を水平に挙げ、胸の前で輪を描く。
顧客にサンプリングスーツを納品する前の最終チェック。今回の場合、納品先はサラのチーム、アクトレスがレナ。
「用意は良いようですね？では開始します」
ミーナが、至極フォーマルな口調でそう言ったので、和奈は悪い予感がした。
レナが、「ヴっ！」と息を吐き。
和奈も「はわぁ！」と叫んで、二人同時に身を屈めた。
レナの股間をムギュッ！と掴んだ手を抜き取ると、床に尻餅を突いて、後ろに仰け反り笑い転げるミーナ。
「はっはははっ！」と屈託無く笑う彼女を見て、和奈は複雑な気分になった。
ミーナの中で、何かが壊れていた。プレイヤーとしての緊張の糸が切れたと言うか、心がフリーになって開放されていると言うか。
何か、切ないものを感じさせられる。
散々困らされたり、心理的に弄られたりしたとは言うものの、もうすぐ彼女とお別れなんて。
別に嫌いなわけでも無かったし、どちらかと言うとプレイヤーの中では気楽に付き合える相手でもあった。
「へっへへ！」と胡坐をかいて笑うミーナ。「男かお前は！」と心の中で呟き、思わず釣られ笑いしそうになる。
「真面目にしてください！」グダグダにならない内に叱責する和奈。
ミーナは笑い過ぎて滲み出た目の端の涙を拭う。
「はいはい！じゃあ、つま先から始めます」
ミーナが、レナの足の指を、小指から順に、親指に向かって摘むように刺激して行く。
目を閉じる和奈。足の指に、ミーナの指の触感を途切れなく感じる。
足首周り、そして踝へと、優しくマッサージするような手触りが澱みなく続く。
胸が軽く締め付けられるような感覚を覚える和奈。
『あれっ？私って感傷的になってる？』まずい、なんか涙が出そう。
そんな、和奈を察したのか、ミーナの手つきが変わってきた。ふくらはぎを触り終え、ふとももを揉む、ミーナの指使いは、明らかに性感を刺激するそれになり始めた。元々なのか、パメラの軍門に下ってから、覚えたのか。
まずい濡れてきそう。嗅覚の鋭いミーナが、変な匂いを嗅ぎ付けなければ、良いんだけど。実際に触られているのはレナなんだし、大丈夫だろうと高をくくる和奈。
ヒップを左右に割るように、押し広げられ、思わず声を上げそうになる。が、何とか震えながら我慢。
股を開かれる動作を和奈のサンプリングスーツがシンクロ従動する。全面鏡に映るレナのやや蟹股なポーズを和奈も真似た。ミーナの中指の感触が、会陰をなぞる様に回転してきた。
歯を食いしばる和奈。そして股の裏側を、ミーナの掌と五本の指の感触が、纏わりつくように蠢く。それ自体意志を持った生き物のよう。大陰唇を撫で上げられ、パーツと非接触な筈の陰核の部分にまで、クリっ！と触られる感覚を覚えた。
幻覚のような自発的な快感。
「むっ！はあ〜〜」
自身の脳神経回路網の為せる業を受け流す事が出来ず、変な声を漏らした和奈。
ミーナは、今度は笑い転げはしなかったが、「くっくっ！」と爆笑するのを堪えた。
「どっちにしても何か叫ぶじゃん！」我慢できずに和奈をからかう。
「手つきがH過ぎ！」ミーナをなじる和奈。
「そんなん知らんわ！注文多すぎやねん」ミーナから反論される。
一見、険悪そうな会話にも拘らず、和やかな雰囲気で先を進めるミーナ。
和奈は、心を落ち着けるように意識の集中を試みる。
顧客にサンプリングスーツを納品する前の最終チェックは、まだ正式手順が定まっていない。今の所、新しいアクター用に出来たスーツと、既に有るスーツをシンクロさせ、感覚の麻痺部分が無いかを調べるこの方法が採用されている。将来、この手法をリハビリ医療用に転用するプランもあり、既に開発も進められている。
でも、SV4の出荷検査に関しては、機械的にもっとシンプルな方法が採れないかと、幾つかのプランを考えている和奈。「絶対にもっとスマートなチェックシステムに変えなきゃ！」と思いを新たにする。
ミーナの触診の手が腹部を完了し、背中から鳩尾にかけて移動しながら、アンダーバストを撫でた。軽く揉みあげるように、パーツ面の感覚チェックをクリアして行く。今の所、和奈側の触覚の跳びはなく、全て合格。
和奈は突然、危険を察知し、思い出したように警告する。
「あっ、絶対、乳首ギュッとやっちゃだめですよ」
間に合わなかった。
「きゃあっ！」
レナと和奈が同時に、悲鳴をあげ、ミーナは腹を抱えて、笑った。
「捻り過ぎっ！」
和奈がなじり、レナも唇を尖らせる。
「ふっ！ごめん、ごめんっ！」と笑いながら、作業を続けるミーナ。
急に彼女の手付きに生彩が失われた。と言うよりも、普通になった。
和奈は、ミーナに直接に触られているわけではないものの、サンプリングスーツを介して彼女を凄く身近に感じられる。
ミーナが今日、何故こんなにふざけた雰囲気だったのか、和奈はそのことに気付き、その思いがひしひしと胸に伝わって来た。ミーナにとって、辛かったこの数ヶ月。その負けプレイヤーとしての契約期間がもう直ぐ終わる。事務的にはそう言うことだ。だが、来週以降、私達は多分もう二度と会えないのかも知れない。だから彼女は、そんな事実を感じさせないように……
ミーナとて、和奈のことを嫌いではないのだろう。友達のように思ってもいてくれたのだろう。一方、プレイヤーでもない私は、ミーナに何の助けの手を差し伸べてやることも出来なかった……
全てのパーツ面を網羅し、作業は終わった。
急激に喉が渇いたようになった和奈。レナに確認しなければならない事項がある。うまく喋れるだろうか？
察してくれたのか、ミーナがレナに尋ねた。
「感覚が跳んだりした部分は無かった？」
レナが首を傾げる。説明を加えるミーナ。
「触られてるのに、麻痺してる感じとか。例えば、他の部分と違って、一部だけ絆創膏でも張られてるような鈍感な感じ」
レナが少し考え、その後頷いた。
「うん、なかった」
溜息を吐き、感想を付け加える。
「ふ〜〜ん、凄いわね。このスーツ。裸で触られてるみたい」
必要な回答を得た和奈は、力を振り絞って、喋ろうとした。
「これで、最終チェック……終了……しました。」
涙声になり、言葉がうまく繋がらない。
「レナ……様の……サンプリングスーツ……使用……可能」
目から涙が零れる。
レナはビックリして、和奈を一瞥したが、直ぐに目を逸らした。
ミーナはそんな和奈を振り返らなかった。その変り、黙って、レナを抱擁する。
その抱擁はサンプリングスーツを介して、和奈にも、いや和奈にこそ伝わった。
背を三度叩き、優しく、背中をさする。ギュッと上半身を抱きしめられ、ミーナの心臓の鼓動まで伝わってきた。
久しぶりに人の愛情を、直接感じた。なんて可能性に満ち溢れた装置なんだろう。利用方法は無限に広がっていく気がする。ミーナの和奈への素直な想いがスーツを通じて語りかけて来る様だ。感謝と惜別の情が和奈の胸を打った。
涙とともに感動が「ぶわっ！」と堰を切って溢れ出た。
「ちょっ！ちょっと、ごめんなさい！」
何とかそう言って。隣室に逃げ込むように駆け込んだ。和奈の脳裏に一期一会と言う言葉が、思い浮かぶ。
『早く戻って笑顔見せなきゃ』との想いは裏切られ、涙と嗚咽が止め処なく溢れた。