あの後、病院の検査室のようなあの部屋で、両手と両足首の動きと形状もスキャンされた。
スキャニングの全工程を終えた後、マサトは全裸のままでどうされるのかと心配したが、意外な事に、元の服をそのまま着るように指示された。
パメラに付き従い、ホストエリア内の通路を歩く。装飾は控えめ、濃紺のメタル塗装系のウォールパネル。天井のセンサーライトは、二人が通過する区画とその前方の区画だけを明るく照らしながら点灯消灯を繰り返す。ホストエリアを含め各エリアの通路は、通常PPS4だった。管理センターのカメラの監視のみである。係員が常時、監視しているわけではない。人物認識プログラムを標準装備した推論アプリが、一定のアルゴリズムで不審な出来事或いは不正な行為等を発見、セキュリティー部門と運営管理部門の担当者に報告する。例えば、外部からの侵入者、居る筈のない設定の惑星エリアの施設に居るプレイヤーなどを抽出発見する。ＷＧ開始当初半年位までは、ちょくちょく発生していたそんなトラブルも、ここ最近は起こってないようだ。
パメラが立ち止まった。ホテルのように部屋が連なる通路に二人は立っていた。
左右に首を振り、方向を確認するパメラ。
「こっちよ」
少し歩き、一室の前に辿り着く。扉上の案内ディスプレイはPPS1を示していた。AMED（自動隠蔽効果装置）がマニュアル状態。プレイヤーが指定した人物、箇所にのみ、任意でボカシ効果等が入いる。今回その権限を持つのは、パメラである。
マサトが同行者に聞こえるように呟く。「出来たら、顔にモザイクいれて欲しい」
ゆっくりと瞬きを一回だけして、眠そうな表情で応えるパメラ。
「裸で、踊りながらオナニーするなら、そうしてあげる」
項垂れるマサトを、パメラが急かした。
「ほら、承認して、早く」
尻を叩かれ、右手を差し出す。
傍らでパメラが質問して来た。
「あんた昨日さ、ワープドライブも破損して、惑星から脱出も不可能、あの状態で陽動作戦でもあるまいに。なんで、あんなにしつこく逃げるかなぁ？」
マサトが答える。
「仲間を全員逃がす為の時間稼ぎ」
パメラが疑る。
「いやいや、もうとっくに連中逃げてたって」
マサトはまじめな顔をして、パメラを指差した。
「もしもだよ！もしも俺以外にチームの女の娘をひとりでも捕まえてたとしたら、今頃凄い心理プレイを仕掛けてるだろ！俺に」
ぱちっ！と音が鳴り、マサトの手の甲をパメラが叩く。
「まあ、そう言うことだけど。結構計算してるじゃん。ただし、まんまと私に掴ってる割りにはね！」
ドアが左右に開き、パメラがマサトの背を押す。あれっ、誰もいないし、小道具らしきものも無い。彼は部屋に一歩踏み込み、そう思った。壁は石材風のパネルだが、通路と同じく濃紺。絨毯は赤系のマーブル。部屋の左右には扉と操作パネルがある。天井には、見慣れたユーティリティーディスク。正面には一枚物のシャッターが閉じた六角形の大窓がある。落ち着かないマサトに引導を渡すように女王は言う。
「ここは控え室、あんたをお披露目するのは、あっちの部屋」
ストレスが溜まってたのかも知れない。和奈はそう思った。大分気持ちは落ち着いて来ていた。今、ミーナとレナは隣室。サラのチーム専属のスタイリスト達に、メイクアップしてもらっている。
自分は、フィッティングスペースのカーテンに囲まれた空間。体からサンプリングスーツのパーツを自力で取り外している所。
今日はミーナと一緒に仕事が出来て良かった。同僚は、男の子の3Dスキャンワークに、喜び勇んで手を上げた。昨日パメラ達に捕まったプレイヤーだ。
和奈としては、初めて会う男性をスッポンポンにして、あまつさえその男性器さえ手に掴んで、作業しなければならないなんて、気が重過ぎた。大体、相手が好き好んで、こちらに身を任せてくれている訳でないし、凄く気を使う。
アキラのスキャニングは和奈が担当させられたのだったが、彼の初々しい緊張がこちらに伝わってきて、手が震え、目眩もした。後で、同僚に「どうだった？どんなだった」とやたら聞かれたが、あまり返答しなかったせいで、むくれられた。今日また夕食時にこの話になるかと思うとうんざりする。「意外とあれが大きかった」とか、「男の癖に乳首を立てた」とか……嗚呼、面倒くさい。
今日、レナに初めてあった時は、心苦しかった。仕事とは言え、「貴女の恋人のプライベートな部分を余すことなく観察しました」なんて、とても白状出来ない。
腰のパーツを外して、一糸纏わぬ姿になった。ざわざわ音が聞こえる。多分、ヘアスタイリングとメイクが終わったんだろう。行く前に挨拶しなきゃ！慌ててパンティーを手に取る和奈。
おもむろに、シャーーッとカーテンが開く音が鳴った。
余りの驚きに目を見開き、動きが取れない。女性が三人目の前に立っているのは、判った。
「ちょーーーーーーっ」と叫んで、遅ればせながらカーテンを閉めなおす。
「じゃあ、行くから」
ミーナのその言葉に、慌てて叫ぶ。
「っとぉ、待ってよ！」
取り合えずパンティーだけを穿き、オレンジ色の繋ぎに体を潜り込ませた。ファスナーを閉めながら、カーテンを開け、裸足で外に飛び出した。
パネルを操作し部屋から退出しようとする寸前のミーナが、そのことに気付き振り返った。
スタイリストを指差し、ミーナを責める和奈。
「この人にも見えちゃったじゃない！」
指差された本人は困ったように視線を反らせた。
「いいじゃん！レナとは、お相子だし」
そして更に話を反らすミーナ。
「ほら見て、この人意外と目が大きいでしょ！」
レナにそう言って、和奈を指差す。和奈は、そう言われて始めて眼鏡を外したままだったことを思い出した。
「伊達眼鏡かけてるらしいよ」
「ひよこのトゥイティーに似てるって、昔好きな人にあだ名付けられたんだって。こんなお目目のキャラクター……」
自分の両目の前で、指の輪っかを作り、上下に大きく押し開く仕草をして見せるミーナ。
「フレームの上下意識しながら目を細めて、小さめに見せてるつもりらしいよ。お馬鹿でしょ！本当に視力落ちるよ、仕舞いに」
「ほらっ！なんか言ってやってレナ」
「なっ！」と言ったきり、二の句が告げない和奈。
レナが和奈に今日一番明るい笑顔を見せてくれた。
「今の和奈さん凄く素敵です」
レナの笑顔を見て、今日のこれまでの時間が、総じて楽しく有意義だった気分になった。これから過す今日のレナの予定を思うと、罪悪感のようなものが胸をちくりと刺す。自分の裸を見られたぐらい……なんて小さなことだろう。どうぞ、この子の心が壊れたり、穢れたりしませんように。
ミーナが何事も無かったように、喋りかけて来た。
「あっ！それから私、プレイヤー契約終わったら、和奈ちゃんの職場訪ねるから」
「えっ、マジで」
「就活よ、就活」
来週には、大金持ちになってるくせに良く言うわ。でも、お金があるから働かないとは限らないもんね。それにしても、何で内の会社？考えようによっては、SV4のシステムの扱いなんかはもう私並、って言うか、ケースに拠っては私以上だから、それも在りか？などと一瞬で真面目な考えを巡らせた和奈。
しかしながら、珍しく意地悪な応えを返す。
「もし、私の後輩になったら虐めてやるわ」
ミーナは唇をヘの字に結ぶ。
瞬きをした後、溜息を吐き出すように言った。
「じゃあ、行くよ」
和奈は、深々とお辞儀をし、挨拶した。
「今日はどうもありがとうございました」
レナも深々とお辞儀を返す。
和奈が顔をあげると、それを待っていたように、ミーナがバイバイと右手を振った。
名残惜しそうに、和奈も手を振る。
扉がモーター音と共に閉じ、二人と和奈のいる空間を分け隔てた。
「本当に同僚になれたら良いのに」
そう一人呟く和奈を、スタイリストのチーフは横目で覗き見ていた。
特徴的だが美しくつぶらな眼で、和奈がチーフを見詰め返す。
スタイリストはそっと目を反らし、そそくさと隣室へ引き返して行った。