戦争をはじめ、暴力や犯罪に存在意味を求めるとすると、紛争解決手段、ガス抜き、生存競争、リセット機能等が挙げられる。
言い換えれば、経験に学ぶ為の回避すべき見本、ストレス解消手段、人口調整手段、旧システムの破壊などを人類が必要悪としている為に存在している。
しかし未来志向で考えた場合、人類が進歩して行く過程で、それらの必要悪は改善されて行かなければならない筈。
特に、ヴァーチャルの技術と発想は、それら必要悪を代替、変質させうる可能性を秘めている。そして、コンピューターの演算能力とシミュレーションモデルの多角的且つ急速な発展のおかげで、それは驚異的な進化を遂げつつあるのだ。
個人や社会が実際に被る被害を無くす、或いは軽減する用途にこの力を利用しない手は無く、また積極的に善用していくべきである。
人類の野蛮な側面を軽減する機能を持つ発明の最たるものの一つにスポーツを上げることが出来る。スポーツ競技のどれを取っても、その起源は、激しく熾烈な生存競争の何れかのパターンに当て嵌まる。それは、戦争であったり、人殺しであったり、略奪であったり……
既に人類はスポーツと言う形式に原始的な本能をトランスポートすることに拠って、生来持つ野蛮さの幾許かを文化的なものに昇華させ且つコントロールすることに成功しているのだ。
ここWorldで、プレイヤー達がルールに基づいて繰り広げるドラマもまた、スポーツと等しき役割を与えられるべき新時代のトレンドであり、幾多の可能性に満ちたアナザーワンなのである。
パメラはべノンの要塞を追われた。彼女のゲストだったイサムは、サラのゲストとしてＶＩＰ待遇を再取得し、惑星ターコイスに遊び場を移した。
以前、出版関係の企業に勤めていたイサムは、今、フリーのライター兼クリエイターのような仕事をしている。自分でスケジュールを調整しやすい立場になったので、ちょくちょくWＧに遊びに来る余裕が出来た。まあ、一部取材も兼ねているのだけれど。
パメラの奴隷の中に、たまにイサムの好みのタイプが含まれていたので、面白半分でプレイに参加してみた。痛がり過ぎたり、縄の痕を非常に嫌がったりしたので、すぐにＭプレイ目的でないことがばれた。遊びに参加させて貰う代わりに、パメラにマッチョになることを強要され、ジムに通わされた。でも自分はネコの性質が強いので、これ以上、逞しくなりたくないし、勇ましくもなりたくない。
最近プレイで良くユニットを組まされてる男。彼も、Ｍ性向が強いわけではないらしい。面白半分＆話の種のつもりで、プレイしてみたところ、彼を年来悩ませていた肩こりが一瞬、楽になったとか。そんな理由で、数回プレイに参加したら、肩こりが嘘のように無くなった上、対人関係のストレスが激減したらしい。「本当に人って、それぞれ」だと思う。
自分より更にひと回り体格の良いその相棒は、クロワッサンとかクロとか言うニックネームでパメラ達に呼ばれている。きっと、色が黒くて、苗字に輪かなんかの字が含まれてるんだと思っていたイサム。実は、ボディービルのポーズを採った時、上半身がパンのクロワッサンみたいに見えたかららしい。「パメラ、大分お腹空いてたんだな」ってイサムは思ってる。
今日は顔の見えないイベントキャストとして、参加。
ではあるが、主たる目的はオークションで落とした権利を、ライブで取得することであった。
あくまでイベントキャストとして参加するので、パメラ側からそこそこの日当を貰っている。しかし、オークションに投じた資金はその数十倍になった。他のオークション参加者達が男女共に意外と手強く、皆本気だった。
アキラはノンケなのは確定で、童貞の憶測まであった。その上、口数少なく真面目な感じのイケメンで、レナに一途な恋愛感情を抱いている。友好チームのアリエスを助けようと、無鉄砲にパメラに立ち向かった行動も彼の人気を上げた。まあ、これはイサムがアキラにご執心な理由なのでもあるのだけれど。
そんな好男子を、恋人を餌に、ＳＭプレイで弄ぼうなんて、サラとパメラはなんて非情なプレイヤーなんだろって思う。
でも、どうせ誰かに弄ばれるなら、自分も参加したい。それが人情と言うもの。
「自分もグルじゃん！」頭の中で、誰かが呟いた。
数分前、アキラを弄ぶイベント会場を、後ろ髪引かれながら退場してきた。アキラにこれから訪れる初体験の場に同席できないのが残念では在る。でも、自分の持ち時間が終了したのでしょうがない。以降の内容は、ヴァーチャライズしたデータを後で体験させてもらう約束。もちろん有料で……、本当にちゃっかりしてる女王様連中。
アキラの分身をインサートしたマスク型玩具は自分の部屋にあるし、アキラが口惜しげに発射したものも愛しく味わえた。でも、このイベント用小部屋に入る前に、しっかりうがいする様に命令されたのである。口腔内全体に貼り付くようなアキラとの一体感は、悔しくも失われてしまった。すっかり、イソジンの後味に取って代わられてる。ああ、勿体無い。オークション代、ちょっと割り引いて欲しい気分。
自分と相棒のクロワッサンのことを無視しようと目を反らすプレイヤー。その彼を意地悪にじろじろ観察して遊んでいると、パメラが彼を拘束するように指示して来た。
古めかしいSF映画にでてきそうな六角形の大窓。それに向かい合う方の壁にそれはある。パメラが御用達の業者に作らせた小道具。天井近くにまである高さの門型フレームに、大型の円盤が取り付けられている。
イサムと相棒は、捕虜の手をガッシリと掴んだ。アキラをスタンドに拘束した時の事を思い出す。明らかに体格に勝る二人の得体の知れない男に囲まれ、意気地が失われていくプレイヤー。World内で暴力が行われることはない。自分達がいなくったって、リタイヤを選択しない以上負けプレイヤーはパメラに従うしかない。それが判っていても、惨めに同性に組み伏せられるシーンを想像するだけで、彼らはやっぱり気落ちするのだ。巧妙な女王の演出、駆け引き、そして金儲けである。
円盤には同径の半月型円盤が二層分取り付けられていた。そのそれぞれに、男の手首型をした黒くごつい枷が付いている。
半円盤は回転式で、黒い手はマサトの頭の高さに在った。イサムは彼の右手首を掴むと、黒い枷の掌に押し付けた。ガチャンと音が鳴り、枷の五本の指がマサトの手首を握りこむようにホールドする。か細い溜息がマサトの鼻腔から漏れた。
相棒と二人で入室、マサトの前に自分達が姿を現したその瞬間を思い出す。
その時イサムは、パメラへのマサトの甘えた距離感を感じた。でも、その関係性の中に、第三者が二人、しかも同性が割って入って来たのだ。マサトの表情は強張り、その瞳の輝きが鈍るのが見て取れた。これまでの憶測が砕かれのだ。これから過す時間に対する不安と戸惑い、そして恐怖が彼を支配し、縮みあがらせて行く。
それでも、少しは虚勢を張ろうと、方向性を目紛るしく探し震える。
その心が眼に見えるよう。
可愛いい、そして意地らしい。抱きしめたい。気の毒だけど、色んな方法で、慰めてあげたい。
違う部屋に居るアキラより目先のご馳走……
床を向いて、相変わらず視線を反らす彼の顔を覗きこんでやろうと身を屈めたその時。
「あなた達はあっち」
パメラがそう言い、両手で六角窓の両脇を指差した。
パメラが、クロワッサンを六角窓の右側に連れて行くと、彼に黒い革の首輪を取り付けた。女王の手が微妙に体に触れ、動作が伝わるムードの高まる瞬間。M属性の人によっては、このタイミングで凄くスイッチが入るらしい。
首輪にはチェーンが結ばれている。床のフックにロックされている水筒程の寸法のウインチにそれは繋がれていた。
パメラがイサムにも同じようにし、そして小声で囁いて来る。
「楽しんで来た？」
投資した金額に比してどうだろうかと一瞬頭に浮かんだが、余計な事を言うと、後で嫌がらせかお仕置きがあるので思い止まった。
「はい、愉しませて貰いました」
とだけ応える。
パメラに言わせると、イサムはプレイ中の口数が多すぎるらしい。「もっと責めて欲しいのかと勘違いされるから、痛いのが嫌いなら口は慎んだ方が良い」と、こないだ忠告されたばかりだ。
部屋の両脇で、それぞれチェーンで繋がれ、移動距離を制限されてしまったイサムと相棒。
マサトの方へ、歩み寄るパメラの背を眺めながら、もう一つ言いたいことが在った。
「お預けかよ！」