パメラは髪に隠れたヘッドセットからマイクを引っ張り出した。
「あんた達！触ったり、脱がしたりするのは許すけど、しゃぶったり射精させるたりするのは、駄目だから。その子のスペルマも商売の種なんだからね」
「はい、判りました」と、疲れたサラリーマンのような気の抜けた返事がハモりながら返ってくる。
パメラは右耳の裏にマイクを戻すと、再びミーティングルームへの路を急いだ。サラも自分のイベントを抱えているから、今日はあまり時間が無い。それでも急遽マサトを捕らえたことで、急場のオークションを段取りしてくれた。その辺の手早さと感の鋭さには、一目も二目も置いている。
前方から人が来た。あれっ！誰だっけ？
ターコイスの基地に、拠点を移してから3日以上になる。これまでにもちょくちょく隠密で訪問してたのだから、個別のサラの客以外の関係者は殆ど把握している。
新人？否、でも何か、知ってるような気がする。
相手が会釈してきて、初めて気付いた。
「あぁ！なんだ和奈ちゃん」
和奈ははにかんだ笑顔を返してくる。
「あれっ！コンタクトに変えた？」
「裸眼ですけど」
「そうだっけ？」との台詞は胸中に納め、ビジネスの話をする。
「マサトのスーツ何時出来そう？」
和奈が少し得意げに応える。
「データ確認をさっき終えて。会社の方には今日午前中送信扱いで捻じ込んだんでぇ、明後日中には到着しますよ」
和奈のささやかな達成感を裏切るような言葉で切り返すパメラ。
「そこをなんとか明後日の午前中にならない？でも、不良品はごめんだけど」
和奈は口元を歪め困った顔をすると、鼻の穴を膨らませた。
「努力はしますけど、品質を優先させて貰います」
あっ！揚げ足取られた、と思いながらも念を押すパメラ。
「ほらっ！私達って戦争ゲームしてるわけじゃん。状況がどう変わるか判らないのよね！貴女だって、折角のスーツとビジネスチャンスを逃したくないでしょ？」
返事に窮する和奈。
パメラは「まあ、ここまで、言っとけば、明々後日にはならないだろう」と、そう打算し話題を変えた。
「ミーナ、今日までなのよ。聞いてる？」
さっと悲しげな表情が和奈の顔に浮かんだ。「本当に好い娘だ」と、そう思うパメラ。
「仲良くして上げてくれてありがとうね。残った休みを採るように勧めたの。もう辞めるの決めたらさ、色々微妙なところがあるからね、お互い」
声を立てず、ふんふんとただ頷く和奈。
こいつ可愛ええな。パメラの心に虫が起こった。
「ちょっと良い？顔見せて」
そう言って、右手で和奈の顎を軽く掴んだ。
彼女は、急なことに身を強張らせたが、パメラの右手にされるまま、顔をゆっくりと左右に振った。
嘆息のような鼻息を吐きながら、パメラは言った。
「あなた、プレイヤーになれば良いのに。凄く見栄えの良い顔してるじゃん」
但し、これは「私と一緒に頑張らない？」と言う誘いではない。敵として捕らえ、甚振ってみたいと言う願望が芽生えたのだ。
和奈はパメラの妄想を察知したかのように、急激に顔を赤らめた。
レナは前屈みになり、飛び跳ねるように後へ退いた。アキラの家で、玄関の水槽の海老を棒で突っついたことがある。勢い良く後ろ向きに逃げ泳ぐのを二人で笑い、面白がった子供の頃の思い出が甦る。
まるで、自分はあの時の海老と同じだわ。ミーナとケイが笑いを堪えるのを薄々感じる。
ケイは初めに、「色んな属性の人の色んな趣向に合わせてサンプリングする必要があるの」とレナに説明した。それにしても、いきなり恋人のお尻の穴で試させるなんて本当に酷い。ミーナにも恨めしい感情が芽生えてきた。ミーナの声だけを拾うように、アキラのヘッドセットは調整されているらしい。そしてミーナがコーチングするような台詞を吐く度に、素直に応じるアキラ。ミーナの声を聞いて少しほっとしたようなアキラの息遣いが見て取れた。レナの胸中を、もやもやっとした気分が広がっていく。二人の間に信頼関係のようなものが想像され、やきもちが妬けてくる。なんで私が、アキラを痛がらせるかもしれない役回りなのよっ！と、そう思う反面、他の誰かにお尻の穴を攻められるアキラを連想するのも辛かった。
再び、インサートを試みる姿勢を採るレナ。ケイがレナにコーチする。
「あなたのチ○チ○、硬さは初心者用に設定してあるから。彼にとってはコンニャクを出し入れされてるくらいの感触だから。取り敢えず入れきってみて」
コンニャクをお尻で出し入れされた事なんてないから、そんな例えで判るわけないじゃない馬鹿っ！心の中で、ケイの頭を思いっきり張り倒す自分を妄想した。でも実際の自分は、ケイに操られるロボットのよう。腰に力を入れ、再びアキラの肛門にインサートを試みる。
尿道とクリトリス間を中継するようなピリピリとした激しい痛痒感は直ぐに収まり、代わりに大陰唇と小陰唇の境界をグゥっと押し込まれるような感じが襲ってきた。「こういう感じなのね！？」未知の体験に馴染もうとするかのように自ら納得を試みる。カエルのように肘を張り、アキラの大きく開かれた太ももに両手を乗せるレナ。
「あなたが男の人に抱かれるときの様子を思い出して！ほら、腰に手を回すのよ。そお、アキラの脇腹を掴んで……」
催眠に掛かったように、ケイの指示に従うレナ。だが、心の何処かにまだ他人のように俯瞰的な自分が居る。体格に勝るアキラの腰を抱く華奢な自分と言う滑稽な取り合わせが、絵面として脳裏に浮かぶ。
親指がアキラの脇腹に食い込むと、くすぐったかったのか、彼はビクンと身を震わせた。レナの陰唇の境界を円周を描くような圧力が襲った。絞り込まれるよう……
「そのまま、ゆっくり抜き差しを繰り返して」
アキラの男性器は極小の気泡を大量に含んだような半透明のゴム地に、銀色のメッシュが隈なく広がったコンドームのようなものを被せられていた。陰嚢はと言うと、まるで肌色のメロンのような風情。
腰を引くと、そんな陰嚢を左右に払いのけるように埋没していた自らの黒いディルドーが姿を現す。陰唇の境界をグリンと圧力が巡る、これがアキラのお尻の穴の反応なのか？
さらに腰を引くと、性器の上の方に圧が映り、そして例のあの刺激が襲ってきた。
「はーぁっうー」
レナが声を漏らし、ケイは注意した。
「抜ききっちゃだめ、今度は入れて。そう、繰り返すの……」
二度三度と、宙送を繰り返すレナ。
「彼には専用の特別ローションを浣腸してあるから。大丈夫だから。そおそお、そんな感じで繰り返して！」
まるで、ダンスの先生のような口振りに聞こえる。
恐る恐る出し入れしている内、自分の性器に快感を齎すリズムのようなものが自ずと判って来た。
ピリリ、ズムームーオン！そしてアキラの睾丸がレナの恥骨を叩くほど腰を入れると、内臓のデリケートな部分にドーーンと衝撃が来る。脳天にまで突き抜けるような興奮を感じる。腰の力が抜けそう。アキラの腰を掴んでいなければ、忽ちよろけるだろう。
レナの顔を見るケイの目付きが、嘲笑から畏怖に変わり始めた。ちら見していたミーナは、目を背けがちになった。
レナは下唇を前歯で弄び、時折顎を左右にずらしつつ、白目を剥きそうになりながら行為を繰り返した。おそらく、鬼のような形相。或いは、歌舞伎で見栄を切るようなとんでもない表情になっている筈だと言う変な自信があった。
アキラのゴーグルにはオートエフェクトが稼動しており、レナの顔には誰だか判らないようにモザイクが掛かっているらしい。それがせめてもの慰めである。
ピリリ、ズムームーオン、ドーーンが繰り返される。それを自分でコントロールし、なんとかオルガズムに到る道程を探れそうな気もしてきた。しかし、気持ち悪いのが、いつもの自分の性器に感じている日常感覚が完全に様変わりした事だ。膣口の感覚が薄れ、代りに性器全体が、腫れて大きく突き出したように感じる。それが未知の痛痒い感覚をもたらしている。自分の股間とアキラの陰嚢の間に時折覗く黒いものが、まるで本当に自分の性器のように思え出した。陰茎のみならず、自分の模造睾丸が太ももを掠る感触と、大陰唇の裏側が擦れる感触がシンクロする。大陰唇の下表面が延び膨らんでてしまい本当に陰嚢に化けた気分。
レナは、局部が男性化した錯覚に混乱を覚えながらも、未知の快感への渇望からは逃れられなかった。痙攣するかのように小刻みに、そして不規則に腰を振る。時折、苦しいように口元を歪ませるアキラには心の中で「ごめんね」を言いながら、行為を続けた。恋人達の結合部分は、切ない音色を奏で初め、会場からはどよめきと歓声が上がった。レナの背中にエールを送るように……