イサムは、退屈そうに体育座りしている。相棒は、砕けたクラウチングスタート的なポーズで右膝を床に着けている。ウインチが逆転したものの、マサトは慌てて視線を元に戻した。二人が前進できた距離は獲物に到達するには到らなかったのだ。
足をマサトの方に伸ばして無理な姿勢を採れば、悪戯出来るかも。だけど、そんなことをして、あの玩具程度の頑丈さしかないウインチを壊したら、またパメラに怒られる。参加者の安全性には細心の注意が払われているので、本当に頸が絞まってしまうような小道具は認められていないのだ。自分の嵌められているこの首輪だって、力ずくで引っ張ればちぎれるように細工してある。マサトの両手を掴む黒く逞しい手枷も、体重を掛ければ、円盤ごと回転して下方向に角度を取れるはずだ。
しかし、「しゃがめば、楽になるよ」と教えてやる気は毛頭無かった。辛そうに命令に従うマサトの表情が楽しめてる。それに、ディスプレイの内容に応じて、時折たたずみを変える彼のペニスが、パンツの向こうに隠されてしまったら元も子もない。
「おい、白ワッサン！あいつ何か言ってるぞ」
クロワッサンがそう告げてきた。だから『白ワッサン』って何よ！パメラが付けたネームは『ニジオ』でしょ。どっちにしても気に入らないけど。パメラはネーミングセンス無いって言うか、多分あの人の本性は凄いめんどくさがり……適当……乱雑……意外と乙女……ある時は少年……
などと、心の中で愚痴りながら、メット内部のディスプレイグラスに映る動画に注目した。マサトの見ているディスプレイ上の映像と同じ動画。
四つん這いのアリエスのお尻の穴。極太のオレンジ色の芋虫みたいな玩具が挿入され、抜き差しされていた。
「あっ！あんなのが入るわけが無い」
まるで、イサム達に回答を求めるかのようにマサトが呟く。パメラが部屋を出て以来、言葉らしい言葉を初めて発した。
まるで、恋人の正体が自分の思っていたものと全く違っていたのではないかと言うような恐怖の表情を浮かべている。
そんなお化けを見るような表情したら、恋人が泣くわっ！思わず突っ込みを入れそうになるイサム。
「入るよ。あれ」
実際にイサムの声を聞くと、「まさか？」と言う顔付きをするマサト。驚きに丸くなった目で、イサムの方を見ている。イサム達の事をあくまで干渉してこない脇役とでも、侮っていたのだろうか？
アイトラッキングのことを思い出し、マサトは即座に画面に視線を戻した。
アリエスの臀部を左右に押し開くようにグリグリねじ込まれた球体が、一つまた一つと体内に押し込まれていく。確かにもの凄い光景だった。
「あれ、ワームって言ってね。丸いボールを串でさすようにゴムの芯が通ってて、その一節一節に空気調整弁が着いてるの。肛門を通るときは、指一本分位の太さしかないのよ。だからローション使えば、初心者でも挿入できるわ。風船の列がボコボコって入って来る感じ。でも見た目がデカイから、心理効果は抜群ね。羞恥攻めには打ってつけ」
動画の中のパメラはとうとう、根元まで、それを突っ込んだ。体を震わせ背を丸めながら、やむを得ず咥え込むアリエスのお尻。精一杯耐えようとする彼女の腰を押さえ込むように馬乗りになる赤いレオタードの女。
パメラは、ワームの柄を天井に向かって掴み上げる。アリエスの肛門は上に引き上げられ、濡れ乱れた女性器が、まるで舌なめずりするかのように蠢いた。生唾を飲み込むマサト。
「俺まだアリエスのお尻で何も試したことないのに」
クロワッサンが思わず笑った。
「お前、恋人のお尻の穴にも、興味あるのか？良かったぜ。意外とキャパ広そうで。愉しもうぜ、おい！」
イサムも失笑し、そして語りかけた。
「慣れた恋人の体でも、あんなシチュエーションで改めて見たら凄く興奮するでしょ？ってか。あんた元気ね！またギンギンに勃起して」
「それと、あの娘さあ。あれの構造知らないままだったら、自分のお尻の穴が凄い大きいんだと勘違いして、ショック受けてるかもよ。ほら、見てみな。驚愕してるよ！上唇、引き攣ってんじゃん。今度あったら真っ先に教えて上げなさいよ。じゃないと、コンプレックスになっちゃうかも」
顎の先に人差し指を当てながら、思いつくままに話しを続けるイサム。
「でもね、あれ使ったという事は、彼女浣腸されてるわよ。あるいは、自分でさせられたか？べノンの要塞のトイレって、殆どに即席浣腸キット備わってるから。僕達の必需品なの……後、Ｍ系の女の子達も」
マサトの眉間に皺が寄り、半ばイサムを睨みつけてきた。
ひょっとして怒った？と思いながら、敢えて挑発的な台詞を吐く。
「クッサイうんこ。ブリブリするところもばっちり撮られてるわ！きっと」
マサトの唇が歪んだ。
ウインチが逆転し始め、「ヨッシャー！」とクロワッサンが叫んだ。
「グッ！ジョブ！ニジオ！」
クロワッサンがマサトの背に手を回し、親指を立てた。
「なんてことないわ」
体育座りのまま、そう強がりを言う。
達成感と性的な興奮から来る寒気のようなものを背筋に覚えながら、ゆっくりと立ち上がった。
「戻ってくるまで二、三十分はあるよな？どうする？」
マサトを品定めしながら、ゆっくり近づくイサム。両頬を手で優しく掴みながら、彼の顔を自分の方に向けさせる。
痙攣しそうな表情で何やら呟いている。
「いや、無理無理っ」
まるで、体罰を受けるのを恐れ、強張る生徒のよう。
クロワッサンは恫喝するように野太い声を出した。
「何がだよっ！」
思わず、顔を床に向け、頸を振るマサト。
「ヤバイ、ヤバイ」
消え入るような小さな声で呟いている。
「だから、何がだよ！」
クロワッサン調子に乗りすぎ、面白すぎるじゃない。可哀想に……
スリットの奥から、脅える獲物の表情を愉しみつつ暫し考え、そして言った。
「とにかく全部脱がしちゃいましょう」
「くちゅんっ！」
ピンク色の検査着で、個室の待合ブースのソファに座るアリエス。なんだか、一瞬寒気がしてくしゃみが出た。
テーブルの端末で検査項目を確認しているところだ。前回と比べて、省略されている項目もある。一方、何だか増えているものもある。参加資格検査の時に一回だけあった直腸診が復活している。こないだパメラに遣られたペナルティーゲームが影響しているんだろうな、とそう思う。診断内容を拒否することは、リタイヤに直結する。それに、ここでの健康診断で、重大な病気が発見され、早期治療で命拾いしたプレイヤーも少なからず居るらしい。
あんな恥ずかしいプレイを強いられたんだから、医者に診られるくらい何でもないと自分に言い聞かす。あれから別段痛いところも違和感も無い。でも何だか、心の違和感、普段よりそこに意識が集中しがちな気がする。普通、あんな玩具が初心者に受け入れられるものなんだろうか？全部入ったのを無理矢理見せられたとき、手品を見るようで、気が遠くなった。
ひょっとして、私って一般の平均より穴が大きい？否、そんな筈は無い！頭を振るアリエス。
自分は全体的にこじんまりした方だと思ってるのに……
この機会に女医さんに聞きたい気分。なんか気の利いた質問の仕方ないかなぁ……
部屋の窓から、夕日に輝くVWTの棟群が見える。
あのどこかに、マサトは居る。自分もペナルティーゲームを受けたのは、初めてだった。そして彼もまたそうなのだ。同じような苦痛を理解して貰える事には、意義があるかも。だが、自分のパートナーをパメラ達に玩具にされてるのだと思うと、すっごい嫌な気分と焦りを覚える。
誰かが、「ヒッィ！」と叫んだような気がしたが、空耳だろうか。