ミーナ？
いや、マサトだった。
ぐっすり、眠ってるようだ。
昨日、こいつが率いるアリエスチームとレナチームの連合艦隊が、惑星ターコイスを攻めてきた。
パメラ達のペースに戦闘は終始。こいつは仲間を逃がすのを優先し、結局自分一人捕虜になったわけだが、捕まえるのが大変だった。
勝敗には決着が付いているにも拘わらず、ターコイス中を3時間近く逃げ回り、挙句の果てにパメラまで出動する破目になった。
孤島の巨大洞窟の中に隠れていた赤い宇宙船を発見し、サラの艦隊と共にその宇宙船を包囲した。パメラは「終了ぉー！」と心の中で呟き、ニタリとした。にも拘わらず、脱兎の如く逃げ出された時には、あきれた勢いで、思わず鼻水をもらしそうになった。
その後も、鬼ごっこを楽しむかのように、1時間あまり逃げ廻られ、相当に頭に来た。いい加減に終わりにして欲しかった。初々しいカップルの調教に熱をあげ過ぎ、疲れているし、眠たかったのだ。今頃プレイの余韻を愉しみながら、眠りについてた筈だったのに、あんまり敵の女性をイライラさせるもんじゃない……
後の事、考えない性質なんかこいつ、実は？
その方がパメラとしては都合が好いようでもあるが、あながちそうでもない。女王が今後のプレイを長引かせ、楽しみそして稼ぐためには、捕虜側のプレイヤーにも心理的な衝動を高度にコントロール出来る才能が求められる。まあ、ある程度その資質と覚悟があるからこそプレイヤーな筈なんだけど。
船内transporter→ドッキングノード→船内transporterと移動し、メンバーの一人ケイと共に相手方コックピットに到着、扉が開くと、マサトは操縦席に仰け反った姿勢で、腕組みしながら、こちらを見つめ返していた。
船内transporter脇のゲーム続行意思確認画面の前で、不安げに佇み、私との初対面に思わず後ずさりしたあの時のアリエスとは大違いだった。
恋人であるアリエスをPrivacy protection Status 0でネットに晒された怒りの表明でもあったのかも知れない。でも「負けプレイヤーの癖に態度がでかいぞ！」、とパメラは素直に腹が立った。
自分は、コンソールの上に不躾にすわると、マサトに席を起つように命じ、中指を立てて自分の所に来るよう促した。部下のケイに、彼をやんわりと羽交い絞めにするよう促すと、マサトの下腹部に手を伸ばし、彼のベルトに手を掛け、思い切り引き寄せた。
「今直ぐ、どちらの立場が上か教えてやる」と気構えたその刹那、パメラの鼻腔を、微かに雄の匂いが擽った。
アリエスのチームが本格的にパメラに牙を剥き始めた頃。情報を漁っていたパメラは、マサトの映った動画等に接し、独り寝時の慰めのパートナーにしたことが幾度か有った。その想いと体の疲れ、達成感が相まって、彼女の口から素直な提案が滑り出してしまった。
「私のパートナーになれば、貴方をゲスト待遇で扱うわよ」
「捕虜として扱わずに、もちろんペナルティーも免除の方向でっ！」
「判るでしょっ！」
思わず自分の目が光ったのではないかと思うほどの視線を向け、挑むように、より深々と彼のベルトを握り締めた。パメラの指先に何か柔らかい感触が感じられた時、目の前の捕虜は憎たらしく顰めた表情で、こう言い放った。
「ムリッ！！」
ムッキーと思わず叫びそうになったが、思い留まったパメラは、勢い良くベルトを突き放した。そしてわざと慇懃無礼に思える口調で告げた。
「私の宇宙船に招待するわ！奴隷君！」
マサトの寝顔を見つめながら、一連の経緯を回想していた彼女は、少し悔しくそして切ない気分を感じている。
あの後、パメラはペナルティーゲームのアイテムである手錠をマサトに嵌め、彼をサラの基地に連行したのだ。そして、ペナルティーゲーム用施設であるCaptivity roomに放り込んだ。基地内の一画の通路沿いに置かれたガラス張りの監禁室である。トイレも、シャワールームもガラス張りのワンルームだった。そしてその通路は、味方チームのメンバーや、パメラかサラに直接招待されたゲスト達も自由に往来する。1週間未満プレイヤーの多くが、半日以内でリタイア申請するような、羞恥心を揺さぶるタイプの罰ゲーム設備である。
パメラは1時間程自室のベッドで横になった後。感情に任せて、そんなCaptivity roomにマサトを放り込んだ事を重く反省した。そして、そのことを先送りしない事を決断、部屋を飛び出すように彼を迎えに行った。Captivity roomで転寝していた眠気眼のマサトを自室に連れ帰り、自分のベッドに寝かせ、自分は補助ベッドを引っ張り出して、50ｃｍ程感覚を置いて眠った。
初期の段階で負けプレイヤーを心理的に追い込むのは、パメラの本意ではない。説得と懐柔の時間を設けながら、徐々に心の箍を崩壊させつつ、より高度なプレイを迫るのが基本路線である。
また、感情に任せてマサトをCaptivity roomに放り込んだ事への反省に基ずく行動が、自らの流儀に忠実であらんとする美学のようなものであるかと言うと、そうではない。ペナルティーゲームは一日7時間の上限が規定されている為、その範疇に属するCaptivity roomへの彼女の獲物の監禁と言う選択は、今後、自らが欲する真のプレイの持ち時間を食い潰す結果を招く。そのことを回避したかったことが主な動機であることは彼女も自覚している。
マサトが魘され、こちら側に身を向けた。眉間に皺を寄せている。可愛い……
最近すっかり敵役のイメージが定着したパメラだったが、別に捕らえた敵を、いやがらせで調教しているわけではない。彼らに憎まれたり嫌われるのは本位ではない。て言うか、嫌われたくない。自分の得意分野で、ルールに則って、出来るだけ貴重な体験？を、させてやりたいだけだ。いい感じで、出来るだけ複数回、「わくわくぞわぞわ」そしてエクスシーを味合わせてやりたい。むしろ、奉仕の精神でプレイを演出しているとも言える、と思う。レナとアキラなんぞは、典型的なすれ違いカップルであったわけで、パメラとの出会いが無ければ、到底結ばれて無かったかも知れない。肉体関係もないまま悶々として、周囲の人間をイライラさせながら、『実際レナが今回の状況に陥った主因がそれなんだけれども』、何も実らず再び別々の人生を歩んでいたかも知れない。だから、パメラにとって、あの一番いの捕虜の調教テーマは、「決して別れ得ない禁断の思い出を共有した磁石のような二人」なのだ。
そして、パメラにはもう一つの構想が在った。アリエスとマサト。そのテーマは、「絆を試される真っ盛りの二人」である。
でも、パメラにはいささかの憂いも生じ始めている。自分の情念と言う名のノイズが、プレイの内容を歪ませ、滑稽なものにしてしまう不安が……
アリエスにはやりすぎだったかも知れない。まあ、あれだけの挑発的態度だったのだから、世間目には普通に映ったかもしれない。そもそも戦闘をしかけてきたのは、あっちだったし……
しかし、パメラの通常運転からは、はみ出していたのだ。自分基準では無かった。
とは言え、まあ。ゲーム上の駆け引きでパメラに敗北を喫したプレイヤー達が、この世界のルールと自らの境遇に抗う意識とそれに飲み込まれる瞬間の諦め、そのギャプが、ギャラリーを悦ばせる。それが、アクセスと集客そして売り上げの増大に繋がっているのも事実。最強プレイヤーの仕事としては、上々だったのかも知れない。
マサトが唇を窄め「ぷーっ」と息を吐いた。
どんな夢見てんねんやろ？
ムラムラっと、キスしたい衝動に襲われる。獲物に食らい付こうと、そっーと顔を近づける。あと、10ｃｍ。突然ぱちりと瞼を開いたマサトが、パメラを睨んだ。
「おはよぉー！」
仕方なく、なるべく優しく声かけするパメラ。
ベッド頭上のコンソールに目敏く時計を見つけたマサトが言う。
「もう昼過ぎてるじゃん」
一瞬、真一文字に結んだ唇を開き、釘を刺すパメラ。
「私のチームでは、おはようございますを言うの！You understand ？」
マサトは、一旦唇を尖らすと、微笑を浮かべながら応じた。
「姐さん おはようございまーす！」
ひざ小僧の上に、揃えていた両手が思わず前に出、マサトの両頬を摘みあげていた。
パメラが「くぉのぅっ！」と言ったきり、睨めっこになった。
ほっぺを摘み上げられながら、降参するかのようにマサトが、先に喋った。
「お腹空いたんだけど」
その後に続く、クルルルッーと言う腹の音。
パメラは驚き、同時に胸がキュンとなった。
色んな意味で女王の心惑わす捕虜の頭を撫で撫でしながら、語りかける。
「器用な腹時計ねっ！」
「OFFの時間は仲良く過ごしましょっ！お互いプレイヤーなんだから判るでしょ？」
「でも、プレイの時間は容赦出来ないのっ！判ってね」
拾ってきた子犬が、主人の意図を確かめるかのように眉を潜めるマサト。
どうせなら、「くぅ〜〜ん」って鳴けっ！心の中で叫ぶ女王だった。