ミーナは、部屋にあるフィッティングスペースの内、入り口側にある円形のカーテンレールの下にレナを誘う。
バスタオルが入ったバスケットを引導を渡すようにレナに差し出すと、茶系のカーテンをシャーッと走らせた。
お友達の時間は一旦終わり。そう自分に言い聞かせ、パメラチームの一員として、負けプレイヤーを管理する気構えを蘇らそうと努力した。ミーナの指示を窺う和奈に目配せすると、もう一つあるフィッティングスペースのカーテンを開く。
中には、黒いサンプリングスーツ一式を身に纏ったマネキンが立っていた。レナの体型を誤差1ｍｍ以内で再現した削り出しのマネキン。それにパーツごとにサンプリングスーツ一式が貼り付けられている。ミーナが人形のわき腹に手を差し出すと、和奈も反対側から同じように介添えした。「よっこらしょっ」と二人で外に引っ張り出す。倒れないように和奈に抱きかかえさせ、自分はドレッシングルーム入出扉横にあるパネルを操作した。天井にあるユーティリティーディスクから、支柱状のハンガーが音もなく降下してくる。和奈が、そのフック船長の左手のようなハンガーに、マネキンの頭のてっ辺に捩じ込まれているアイボルトを引っ掛けた。パネルを操作し、ユーティリティーディスクの回転角度を90度に設定する。今度は、微かなモーター音を響かせ、ディスクは廻った。多分そろそろ素っぽんぽんになったであろうレナの居るフィッティングスペースの斜め横に、マネキンは移動する。
「私も着替えちゃうから、先にペイスティング始めてて」
和奈が頷くのを確認し、マネキンを潜ませていたフィッティングスペースに入る。そしてカーテンを閉めた。ファスナーを全開にし、両腕を袖から抜くと、オレンジ色のジャンプスーツを抜け殻のように足元へ脱ぎ捨てた。赤黒い革模様のレオタードの股ぐりに足を入れ、手繰りあげる。体にフィットさせつつ、フロントファスナーを上げた。ローライズの黒い革パンを履き終えると、カーテンを開けて見る。ハイレグの脚回りのカットとパンツのベルトラインに挟まれ、左右の腸骨稜は丸出しである。ミーナはそこに両手を添え正面にある全面鏡に向かうと、膝を交互に曲げながら腰を振ってみた。パンツのベルトラインの後ろを、グイッと引き上げヒップを突き出してみる。よし！いい感じになった。ブーツを履き、パンツの裾を踝にまで降ろすのに手間取りながら、鏡越しに隣の様子を見た。
白いバスタオルを上半身に巻いたレナの前に和奈は跪き、パンツの部分を履かせ、位置調整している所だ。
何を照れているのか、伏せ目がちに、視線をほぼ床に向けたような姿勢で、フィットのさせ方を説明している。
和奈はこのシステムのオペレーターでもあり、先日サンプリングされたレナの女体の全ても、性的な興奮に赤裸裸に表情を変えた外性器さえもデータチェック時に詳しく目にしている筈。でも、そのことを後ろめたく感じ、却ってあんな風情なのかも知れない。
ミーナは思わず鼻で笑いながら、フィッティングスペースを出る。隣のことには無関心な素振りで、さっきと同じように鏡の前で一通りポーズを採り終えると、踵を返した。
和奈の斜め後ろに、ピョコンと跳ねるように移動するミーナ。ウサギのようにしゃがみ込むと、和奈のヒップの下に深々と手を差し入れ、前後になで上げた。
「きゃぁっ！」と乙女のような悲鳴を上げる和奈。
下唇を噛みながら、睨み付ける彼女の抗議を無視し、状況を訊ねるミーナ。
「捩れてないでしょうね？」
それに応えず、歯をむき出しにして威嚇するように和奈は言う。
「指がぁ！」
シラを切るミーナ。
「何??」
しつこく睨む和奈。
「触ったぁ」
触ったじゃなくて、入ったでしょ、と心の中で呟きながら。思いがけなくホールインワンしてしまったと反省しながら。この状況を終わらそうと気の利いたコメントを探した。
「お互い、知らない仲じゃぁないじゃない」
ミーナは、レナを見上げ、言う。
「私と彼女もお互いサンプリングしたの。この人、変に我慢するから、普通のＡＶ女優より却ってエロいって言うか、エッチしてるって言うより、マラソンしてるって言うか……スンスンハーっーて……」
何てこと言うのよとの抗議の感嘆符を添えて、叫ぶ和奈。
「ええっ！」「あっ、あれは、純粋にシステムのテ、テストデータとしてですね……」
言葉を切り、突然何かを思い出したように、説明を付け加える。
「あっ！今日は私とサンプリングとかするわけで無いので、安心して下さい」
自分の着るスーツの両肩に両手の人指し指を向け、懸命にジェスチャする和奈を見て、ミーナはまた鼻から笑いが漏れた。
今の立場のレナに、一体、何を安心しろと言うのだろう。
「あれっ？和奈ちゃん。今日のイベントに参加したいんじゃない？」
ミーナの顔をきょとんと見詰め返す和奈の目の前に、さっき悪戯した指先をこれ見よがしに立てて見せる。
「濡れてたみたいよ」
そう言って傍らのカーテンで、指を拭った。
バシッと大きな音が鳴った。
和奈に打たれ、お尻が結構痛かったが、敢えて不動で何事もなかったように装うと、ミーナは言った。
「ちょっと、そっちに退いて」
お荷物のように和奈を脇に押し出すジェスチャをする。和奈はカニのような動作で横に移動した。
ミーナは、レナに床に座るように、指示する。
「Ｍ字開脚して」
一瞬、目を大きく見開いたが、直ぐに従順に従うレナ。和奈に目配せし、次の動作を促す、ミーナ。
「ごめんなさい」
申し訳なさそうにそう言い。和奈はレナの背後から膝を持ち上げた。
腰のパンツ部分のクロッチに該当する辺りにはスリットが在り、普段は赤いゴムのような素材で覆われているが、実際には、真ん中に切れ目があり、性器と肛門は剥き出しに出来るようになっている。
ミーナはおもむろに、その部分を開くと、黒いゴムのフロント部分がしっかりとレナの大陰唇とヘヤーをホールドしているか確認した。
「レナ、左右の感じ同じ？」
恥ずかしそうに、目を細めていたレナは、急に日常に引き戻されたように、目を見開き眉間に皺を寄せた。
「えっ！」
ミーナは、レナの大陰唇の輪郭をなぞりながら言葉を捜す。
「つまり、なんて言うか、左右アンバランスな感じはない？多少引っ張られる感じは有るでしょうけど、右だけきついとか、左だけ上に引っ張られる感じがするとか？」
再び、さっきのように目を細め、頬を赤らめながら応えるレナ。
「うん、そう言うことなら大丈夫みたい」
恥ずかしい姿勢で性器を剥き出しにされているレナはともかく、その頭の上で、同じように表情を歪ませ、あまつさえ目を逸らし気味な担当者の女にミーナは腹が立ってきた。
「和奈ちゃん、このチェックするの恥ずかしいからグズグズしてたでしょ！」
反論出来ず頭を垂れる和奈。
「あんたの会社に言いつけてやるわっ！」
懇願するような目で、ミーナを見つめ返す和奈をミーナが叱る。
「しょぼんとしても可愛くない！」
レナが恥ずかしげに身を振るわせたので、ミーナは和奈を一旦無視した。
「後、ヘアが引っ張られて、痛いとこない？」
レナは頷く。
「全部ペイスティングした後だと直し難いのよぉ」
ミーナのその申し出に、今度は目をちゃんと見開いて応えるレナ。早く、そこを隠して欲しいと言わんばかりの表情を目元に浮かべ。
「大丈夫だから……」
赤いゴムの部分がパチンと弾かれるように、ミーナの指先を離れ、左右からレナの小陰唇を挟む、餃子の合わせ目のように、肌色の部分が表に残った。ミーナは、なぞる様に優しく、それを押し込んでやった。レナは糸のようなか細い溜め息を付き、和奈がそれに続いた。
ミーナは、ちょっと違った意味の溜め息をつき、心の中で、呟いた。「おい！面白いな。この無責任オペレーターめ！」