サイコロ状のキューブを連ねたような回廊、配管や機器類の上に蓋をするかのように敷かれた金属メッシュの床。怪しげに点滅する計器類のLED。SFシーンにありがちな体裁のその通路はゲストエリアに隣接している。プレイヤーはゲストエリアに入場することは出来るが、そこから先の一般のパーク施設内には出れない。と言うか出てはいけない。出て行く事は、即ちリタイヤを意味する。また来場者の側は、プレイヤー側の招待を得て、まる1日近く掛かるVIP待遇手続きを経なければ、ホストエリアには入場出来ない。
アキラは、パメラの部下、ケイに付いて歩いている。今日初めて会った。
ケイが立ち止まり、右側にある円窓を見るように促した。
「今はハーフミラーモードにしてあるから、向こうからは見えないわ」
数十人規模の座席を配した小劇場のような空間がそこには在った。その前に段差を付けた座席の列が並んでいる。着席している人影はまばらだが、場内をうろついたり、立ち話をしている連中を数えれば、ほぼ満席だろうか。
空間の奥すなわち正面にはバンドが演奏出来る程度のステージがあり、そこに人影はない。ひょっとして、あのステージが目的地なのか？今日の自分の運命を知るためにも、それにレナの行方を探る為にも、アキラには興味がある。果たして、今日はレナとのカップリングがあるのか……あればあるで、お互いが置かれた立場を思うと、切ない気持ちになる。なければないで、彼女がどこで、何をして或いはさせられて過しているのか気になってしかたがない。精神安定剤が欲しい気分。でも自分にとってなによりも効果がある薬は、どんな屈辱的なシチュエーションの中にあっても、同じ空間そしてなるべく近くにいることに思える。二人を苦しめる罰ゲームには、感情のスイッチを切る努力あるのみ。
ステージ上では、何のイベントも行われていない。でもアキラの関心を払ったのは、その後ろのスクリーンに映し出されているムービーである。裸の男女が蠢く動画。これまでサラのチームが興行して来たイベントのアンソロジーだろうか？まさか、自分とレナの絡みが含まれていないだろうか？と気になる。目を細め、内容を把握しようと努めるアキラ。その試みは、ケイの「行くわよ！」との呼びかけに挫かれた。
しかし、アキラの胸の内を見透かしたかのように、慰めの言葉もくれた。
「レナは、アリエスの時みたいに戦闘捕虜と違うから……」
「サラにとって拿捕扱いのキャプティブだから、ホストエリアの外には個人が特定できるようなムービーは晒されてないわ」
その言葉を素直に信じ、付き従うアキラ。
彼女はもう一言、付け加えた。
「それと、ゲストエリアのステージに引き出したりもしないから安心して」
そして、アキラがさっき眺めていたステージを指差す。
「但し、私の命令に100パーセント従えばね！」
キューブ内を5ブロック、劇場の奥行き分歩いた。
更に先の通路へ進んだところで、アキラはケイの言葉の意味を理解した。横長のブラインド越しに、中が覗けた。ステージの後ろスクリーン裏に、劇場と同じ幅のスタジオがある。一見すると、SF映画撮影用のセットのよう。
通路の角を右に曲がり、お馴染みの見慣れた風景がそこにあった。左手には退場用ゲート、正面には、スタジオへの入場用ゲート。天井付近に大型の案内用ディスプレイがある。Privacy protection Status 3の表示が確認出来た。そして画面は入れ替わり、Automatic masking effect devices Highが表示される。これから、彼が入場しようとする空間は、複数のカメラによって、ゲームエリア、ホストエリア、ゲストエリア、場合に依っては外部のネット環境へ中継される可能性がある。選択的或いは全面的にである。
その代わり、顔には、モザイクその他のエフェクトが掛かる。自動的且つリアルタイムに。
裸になった場合は、性器等にも同じ配慮がされる。公開はされるが、個人の特定とプライバシーに配慮がされている状態。それがPPS3である。
「貴方の態度しだいよ、事と次第に依ってはAMEDは全て解除するから。PPS0の刑……」
アキラのささやかな安堵感を、打ち砕くような台詞を吐くケイ。覚悟を確かめるかのように、彼の表情をクールな目線で観察しながら身をかわすと、彼女は前進を指示した。
アキラが正面に一歩踏み出す。
扉右横にある縦長の認証用ディスプレイがブザーを鳴らしながら稼動した。簡易承認文書と誓約項目が明示され、やがてディスプレィ上部に表示された手形が、点滅とカウントを始める。
待機カウントが終わった。
どの道、レナも捉えられしまった今、リタイヤの選択肢は彼の胸中から跡形もなく消えうせていた。契約手続きとして、その画面の手形に合わせ、掌を添える。
彼らプレイヤーにとって、それはまさに約束手形だった。この手続きを終えて以降、忠実に誓約内容を守らなければ、手形は落ちなかったことになる。そして、全ては御破算。
ドアが静かな音を立てて、スライドした。黒尽くめの人影が二人。明らかに彼より背が高く体格も良い。予想していなかった事に、たじろぐアキラの背を、ケイの掌が優しく、しかし、確実な意志を持って押してきた。ぎこちなく歩を進めるアキラの後ろで、ドアは再び音を発てた。もう、戻れない。アキラにはケイ達に弄ばれるか、リタイヤを口頭表明し、劇場側に向かって退場するしか道は無い。惨めな負けプレイヤーとして、衆目に晒されながら……
ケイに指示を受けたのか、二人が囲むようにアキラに近づく。
黒いフルマスクのヘルメット、フルマスクといっても目元と鼻から口の部分は、T字型に開いている。人相を隠す事を目的とした軽量なもののようだった。両頬はスライド式のようで、左右に開口することも出来そう。肩から胸に掛けて鱗地になった黒くタイトな半袖シャツ、エナメルのパンツにブーツ。しかし、股間は伸縮性のある生地のようで、もっこりとした形状が、あからさまに判る。
男の一人が、右手を差し出した。薄く黒いスキンのような素材に見える手袋をしている。彼は、アキラの胸元のファスナーの引き手を摘むと遠慮なく引きおろした。親指の感触が下腹部に伝わり、ドキリとする。もう一人が、背後からアキラの着るオレンジ色のジャンプスーツの肩を摘み、そっと脱がして行く。上品な女性がそうするかの様に男の手つきが優しい。剥きだしのアキラの背に男の息遣いが到達し、鳥肌が立った。シューズも脱がされ、白いタンガだけの裸身にされたアキラ。彼を品定めするように、少し仰け反り距離を取るケイ。彼女は妖しく笑みを浮かべ、「オープン」と叫んだ。スタジオへの扉が左右に開き、アキラにスタジオへ出るように促すケイ。一瞬、躊躇するアキラ。黒尽くめの男達は容赦なく、両側からアキラの腕を捕らえると、スタジオ内に引き出した。
壁の向こう側からどよめくような歓声が聞こえて来た。恐らく、スタジオ内の様子が、劇場側のスクリーンに映し出されている。
廃棄された宇宙基地の一室のような内装、コンクリートや金属のように見えるものも、多分直ぐに撤去や改装が可能な発泡ウレタン製である。アキラから見て正面に、直径2メートル程のサークルが一つ。その左手にもう一つ。あちら側には、金属製のベッドのようなもの。目の前のサークルには、鎌首を擡げたような楕円形の天蓋を持つスタンドが立っている。
激しく彼の記憶に焼きつくそれは、調教イベント用吊り拘束台。謎のビデオ撮影でアキラのパートナーとされたあの娘、翌日アキラ、昨日レナが吊り下げられたそれと同じ型式のものだ。匂いが脳裏に甦ってくる。汗と分泌物、そして尿臭。結ばれたばかりの恋人達にとっては、あまりにハードな体験。いきなり、日常のベールを引き剥がされ、生身の雌を体感させられた。レナのイメージがアキラの中で、突然変わった。嫌いになった訳ではない。恋人としての美化された幻想が急速に失われ、生々しくリアルな肉体を持ったセックスパートナーに変貌したのだ。過酷な境遇を共にするかけがえの無い愛と執着の対象。レナの香り、そして匂いと臭いが、アキラの顔の周りに今もまさに漂っているかのように、甦ってくる。
茫然としていたアキラは、いつのまにかスタンドの支柱の前に立たされていた。二人の男は、アキラの両腕を持ち上げ、天井から吊り下がったロープを手に取ると、彼の両手をベルトで固定する。二人は、ふらつかない様に両側から彼を抱きかかえた。アキラの二の腕の筋肉を愛しむ様にまさぐりながら、肩を撫で、そして胸板の感触を確かめながら大胸筋を揉みあげる。
僅かにタイミングと強弱をずらしながらデュオを奏でる同性のボディランゲージ。生贄は、コントロールを失いかけていた。レナの日常の姿を瞼の裏に思い浮かべようと、努力するアキラ。だが、彼の脳裏に甦るのは、激しく善がり声を上げる昨日のレナの姿と、味蕾を混乱させた禁断の味わい、唇の触感、生々しい匂いだった。
男達二人が、アキラのタンガに手を掛けた。彼らを思わず悦ばせる程の抵抗があった。バチンと跳ね上がった性器は、アキラの下腹部を小気味よく叩いた。劇場から、溜息を伴ったような低い歓声が聞こえてきた。