テーマパークの虜達 【35】
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ドライアイスの煙を潜るとそこは、ステージの裾だった。洞窟のような壁と天井に囲ま
れたホール。数十の客席が、張り出したステージを囲む。煙のもたらす冷気と自らの置か
れた状況に、アキラは身震いした。ステージの先端には、丸いトランポリンのような物が
置かれている、畳んだテントのようにも思えた。舞台装置か何なのかは、アキラには見当
が付かなかった。
「真っ直ぐ、客席にむかって５歩進み、ステージの中央を振り返りなさい」
「丸い円盤のようなものがあるでしょ、その真ん中を目指して進むの。はいっ！」
調教口調の「はいっ！」と言う合図で、前に進むアキラ。
客達の好奇の目に晒され、足が震える。
パメラがアキラの体中に塗りたくったローションのようなものが甘く香って来た。
腕が、脂ぎったようにてかっている。
舞台の中央を振り返りパメラの指示をひとつ完了出来た。
「あっ」と声を上げそうになり、控えるアキラ。彼の声が客席に聞こえるように設定さ
れていると言う、パメラの注意を思い出した。おそらく余計な質問や反抗を封じるためだ。
黒い岩のような一段高い台座の上に、巨大な赤い珊瑚の柱が立っていた。フォークのよ
うな三本の枝を天井に伸ばし、裸の女性が生贄のように拘束されていた。捕食性の刺胞動
物に捕らえられた白魚のようだ。真ん中の枝の先端から出た昆布のようなものに両手首を
捕らえられ、両の掌は頭の上に在った。剥き出しの腋が恥ずかしげで、惨めに見えた。
頭は、おそらくアキラが装着されているものと同じであろうと思われるマスクに覆われ
ている。まるで真珠色した米粒のよう。うなじの辺りにはみでる、栗毛の髪が見える。首
には白いベルトのようなチョーカーを着けていた。鼻の下から顎に掛けて丸く空間が開い
ている。目元や一部頭髪の辺りは透けて見えて、イカの内臓のように妖しい。
心の中で長い時間が流れた。パメラの声に我に返る。
「彼女の手前まで近づくのよ……」
言われるまでもなく動き出したアキラに「はいっ！」と言う掛け声は来なかった。
裸といっても彼女は、素っ裸ではなかった。ビキニタイプの白い水着を来ている。しか
もボトムは大人しいボーイカット。自分の方が遥かに裸に近く恥ずかしい姿だった。しか
し、この数日で幾度か自由な姿勢を奪われた彼にとって、アリエスやレナ、そして目の前
に戒められている女性には同情と共感を覚える。さらに近づき、少し目線を下げると、臍
の周りの、マシュマロのような白い肌が見て取れた。何か親近感のある優しい感じ。水着
はデニム風素材、金ボタンも付いている。レナがパークに来てから、たまに履いていたホ
ワイトジーンズを思い出す。ウェストから僅かにはみ出す柔らかい肌は、彼の男心をくす
ぐった。触りたい衝動に駆られる。
目線の少し上には、張りのある二つの膨らみ。彼女の胸からは何かバニラのような甘い
匂いがする。白い生地に隠された偽りのない肌を確かめてみたい。
彼の理性は蔑ろにされ、動物的本能がむくむくと頭を擡げた。応援するようにパメラの
指令が飛ぶ。
「その台に登りなさい。その娘と同じ高さに！」
マスクに隠された顔が間近に近づく。ゴーグルのような縁取りの範囲で女性の目の辺り
が透けて見えた。心を閉じ込めたかのような、人形然とした表情のない瞳。衆人環視の中
で、自由を奪われ、採用すべき表情を見失ったかのよう。
「彼女の腋をそっと掴みなさい……。 はいっ！」
掛け声に、アキラは恐る恐る手を差し出した。
この娘はこんなことを了解しているのだろうか？
無防備な女の腋に軽く手を添える。目の前の女性はビクリと反応し、怒ったように眉間
に皺を寄せた。目を細めアキラのマスクの奥を窺う。自分も同じ程度は、相手から顔を見
られていることに今気付く。少し萎縮し、後ずさりしたい気持ちになった。
「だんだんと力を入れて、肩から胸に掛けた筋肉をほぐしてあげなさい」
彼の体は、パメラの声に従順に反応する。腋を抑えた親指に力が入り、女性の体温と脈
動が伝わって来る。
女はこそばゆさに、身を捩り、それが艶かしかった。
彼女の目が何かを思いついたかのように大きく見開かれる。それに付き合うようにアキ
ラも彼女の瞳を窺った。パメラの叱責を恐れ、相手の大胸筋と三角筋の辺りに遠慮がちに
両手を這わせながらも、目で相手に問いかける。
「君は誰？」
女の口が驚いたかのように、微かに開かれた。その唇の形。眉の傾き、レナの面影が、
頭を過ぎる。
「まさか！」
アキラは我に返ったように、相手の背を抱いた。そして、マスクの奥を覗き見る。もう
少し明るく、それに会話さえ出来れば！思わず、歯噛みするアキラに次の命令が下った。
「キスするのよ。始めは挨拶するようにそっと」
躊躇するアキラ。了解も採らずキスする勇気が湧かない。そんな彼の戸惑いを察したよ
うに、相手は目を閉じ、キスを受け入れるポーズをとった。彼女も誰かから指令を受けて
いるのだろうか？そんな考えが発展する間もなく。アキラの唇は、相手の唇に近づいてい
った。彼女の息からレモンの香りがした。マスクが邪魔になったが、柔らかくそれほどの
支障は無かった。唇が合わさる瞬間、レナが翔とキスした時のことを思い出した。彼女の
背を掴むアキラの手に力が入る。独占欲が彼の口付けを熱くした。目の前の女性は今、ア
キラにとってレナそのものだった。呼び起こされた情熱が確信を強める。
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時間の長さや概念が曖昧なものであることを、パメラの声を聞いて改めて思い知った。
今この場所に居ることと唇を交わらせていた時間が以外に短かったことを認識したのだ。
「次は彼女の右腕にキスしなさい。肘から腋に掛けて、唇で愛撫するの」
何時までも見詰めあっていたい名残惜しさを、表情で相手に伝え、アキラはパメラの指
示に従う。
唇で彼女の二の腕の肌を挟み、時折、舌を這わせながら、もっと色んな愛撫をしてやり
たい。そう思った。
彼女の体の感触を楽しむ心の余裕があったことは、アキラ自身にとっても驚きだった。
こんな人格を無視された状況でも、愛する女性の肉体と触れ合うことに喜びを覚えられる
今の自分が非現実な他人のようにも感じられた。
「右手が開いてるでしょ！彼女のお腹を撫でてあげて」
アキラが指先を触れると、熱いものが触れたかのように敏感に震える彼女の柔肌。
しばらくすると了解したかのように大人しく、アキラの手の平に馴染んできた。自ら抱
擁を求めるように艶かしく息づく。
「そうそう、優しく子宮を暖めてあげるように。女の子は、お腹を冷やしちゃだめなの」
こんな格好で室温低めのステージに彼女を立たせているのは、そもそも誰なのか、冷静
なもう一人の自分が頭の中で呟いた。
「パンツの中に手を突っ込んでもいいのよ」
悪魔の囁きに、アキラの指先が誘われる。
腹筋の抵抗を微かに感じながら、ウエストに指先を進入させる。アキラの指先を溯る熱
い湿った空気。さらにその奥を探検しようとしたその刹那、彼女が腰を引いた。尾てい骨
を持ち上げるかのように。
ウエストの縫い目が彼の手の甲を押さえつける。
彼女は潤んだ目でこちらを見ていた。息遣いが微かに乱れている。何かを訴えているか
のようにも思えた。白かった肌は桜色に色づき、肌の表面で煌きだしている汗は金粉を塗
したかのよう。
アキラは一先ず、彼女の火照った臍の下から、指先を引き上げた。そして、左の脇腹を
撫で上げる道のりを経て、その先にある乳房を掬うように持ち上げた。もうお互い後戻り
出来ないのは判っていた。その気持ちを伝えるかのように、彼女は切なげな目を閉じた。