テーマパークの虜達 【63】
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ワンダーの戦艦は、要塞に近付くパメラ軍に対し、ビーム砲をハリネズミのように連射。
正面からの接近を阻止する。しかも、迂回して背後にまわろうとする船にも、長射程のビ
ームの連射を浴びせ、行動を制約した。何とか、背後に回ったパメラ軍の船は、今度は、
アリエス軍の三隻の迎撃を受ける。この布陣が崩れない限り、要塞には然したる被害を与
えようがない。まあ、将来本当に、奪回する時のことを考え、あまりダメージを与えたく
もないのだが。
隊員には、船を失わない様に、指示してある。その為、ダリアの部下達は、執拗には戦
闘にのめり込まず、不利になると直に退避行動を取った。同盟側もその少ない勢力を自覚
してるのか、深追いして来ない。しかも、数少ない部隊の内の一隻が、パメラ軍の旗艦の
前で、風前の灯となっているのだ。
可哀そうに、助けは来ないようだった。
ダリアの乗るミサイル戦艦は、ケイトの操縦で、黄色いボディーのスポーツカーのよう
な宇宙船に近付いて行った。望遠カメラでコックピットを確認する。このテーマパークの
シュミレーションシステムは、宇宙船や要塞が互いに近付くと、イメージジェネレターの
作る3ＤＣＧと、実際のシミュレター搭乗室のライブ映像が合成され、違和感のない角度
で観察できる。即ちその巨大な3Ｄオブジェクトに、搭乗者が本当に乗ってるように見え
る。リアルタイムのカメラトラッキング・マッチムーブシステムが搭載されているのだ。
まだ、望遠カメラでも指先位の玩具の人形位の大きさにしか見えないが。ひょっとして、
こいつはアリエスの代理人じゃないか？もしそうだとすると、この守備部隊のリーダーだ。
ダリアの心は高鳴った。少し浮かれた口調で、相棒に語りかけた。
「ケイトどうする？このコックピットで、裸にひん剥いちゃおうか？」
初心者のケイトは、軽く目線を向けるだけで、その提案に応える心の余裕はなかった。
察したかのように、ダリアは指導してやる。
「少し減速しなさい。ぶつかるわよ。それに船首のリパルサーを出力1で、マイナス方向
に……」
ケイトは指示どおり、操縦棹の前のディスプレイ兼用操作パネルに指を走らせた。
ケイトより先にダリアが異変に気付いた。
突然、ワンダーの戦艦が、棒がぱたりと倒れるように、姿勢転換する。そして、船首を
こちらに向けると、徐々に加速を始めた。
「はあっ？」ダリアは、呆れたようにそう呟いた。
もし、この作戦が、本気で要塞奪還を目指すものなら、ダリアはこの隙に乗じて旗艦以
外の全艇に対し、即座に要塞攻撃を命じるところだ。にも拘わらず、ワンダーの戦艦は砦
を離れ、のこのこと前方に出て来た。
取りあえず、ケイトに指示をだす。
「シールドの出力を、敵戦艦方向に80パーセント偏向！」
既にダリアの戦艦は、目の前の黄色い獲物に合わせ、ゆっくりとローリングを開始して
いた。双子のブーメランのようなウィングの真ん中に獲物の座標を捕え、ドッキングを試
みるべく、ゆっくりと前方に進みだしている。獲物を飲み込む寸前の大魚のよう。
ダリアは、焦りを感じながらも、ケイトへの次の指示をいかにしたものかと、悩んだ。
彼女のその戸惑いを、打ち破るかのように、ワンダーの船が白くピカッピカッと輝く。
幾条かの光線が放たれ、ダリアの戦艦を直撃したが、防御シールドがそのエネルギーを
分散させた。ダリアの部下の船は事態を察し、ワンダーの戦艦に接近し始めた。しかし、
ワンダーの戦艦はそれらの攻撃を、全く意に介せず、全砲門をこちらに向け、雨あられの
如くビーム砲を連射してくる。限定的な誘導機能を持つ光弾に比べ、ビーム兵器は、動く
標的それも特に逃げる標的への命中率は低い。一方、動かない標的や、一直線に向かって
くる標的には強力な攻撃力を有する。まず、リパルサーは効かないし、シールドに対する
貫通力も抜群だった。ダリアの戦艦は、現状、巨大な的に他ならない。
一際大きな、発光が認められた。船首の最大口径の砲門から、ビームの束が発射された
ようだ。まず、黄色い敵の船が、弾き飛ばされ、ビリヤードの球のように、斜め方向に回
転しながら飛んで行った。バリバリバリと、船体が震動し、弾けるような音がする。船外
で火花が散り、船殻の一部が浮遊した。
「なんて、ヒステリックな攻撃よ！信じられんわ」
ダリアはそう喚くと、ケイトに指示をした。
「退却よ！操縦棹を、思いっきり引くのよ」
いらいらした口調でそう言うと、操縦棹を引くケイトの手を、促すように後ろへ引っ張
った。ビームが対空砲火のようにガンガン飛んでくる。しかし、さっきのでかい奴は御免
被りたい。
そして、自分の席の通信機をオンラインした。
「全軍、撤退よ！」
一発でかいのを撃ち込まれたから、撤退する良い口実であるとも言える。同盟側は、こ
の戦艦が致命的な被害を受けたとでも推測するだろう。
それに多分、もう陽動の役目は終わった筈だ。ターコイスでは、そろそろ色んな意味で、
宴が始まってる頃。
モニターの中を遠ざかる黄色い宇宙船は、再び米粒程の大きさになり、視界から消えて
いった。代わりに、自軍の僚艦が虫の群れの様に近付いて来るのが判った。
それにしても、ワンダーのあの戦術はおかしい。「ゲームだから良いようなものの、本
当だったら味方が死んでまうわ……」頭の中にそんな吹き出しが思い浮かんだ。
「どんだけ必死なのよ。引くわ」
ワンダーの戦艦の射程外に出て、少し操縦に余裕の出来たケイトがこちらを窺った。ダ
リアは、彼女に同意を求める。
「あの慌てっぷりは、香ばしいよね！」
ケイトが少しほほ笑んで、応える。
「恋人なんでしょうか？」
ダリアは鉄砲を打つようなポーズで、ケイトに指先を向けた。
「きっと、そうよ」
彼女は、顔ではほほ笑んでいたが、内心ではかなり落胆していた。やっぱり美味しい玩
具を取り逃したようね。獲物をその牙で咥えようとした肉食動物が、より大きな肉食動物
に奪われたような惨めさ。ダリアは、「残念……」と胸の内で呟き、鼻から深い吐息を漏
らす。そして、寛ぐように操縦席にもたれかかった。